時計産業では昔から分業制が一般的であった。ムーヴメントはムーヴメントメーカーが、文字盤やケースはそれぞれ専業のメーカーが製造を担い、これらを組み立て、最終的に時計メーカーが販売するというシステムだ。
こうした流れのなか、2002年にスイス最大のムーヴメントメーカーであるETA社が、同社が属するスウォッチグループ以外へのエボーシュ(ムーヴメントの半完成品のこと)供給を制限することを発表。いわゆる“ETA問題”である。とりわけムーヴメントについては多くの時計メーカーがエボーシュに頼っていたため、当時大きな問題となった。
そんななか複数の時計メーカーがこの対応策として、ムーヴメントの自社開発に乗り出したのである。“自社製ムーヴメント(マニュファクチュール・ムーヴメント)”という言葉が使われはじめたのはこの頃からだ。
当然、それぞれが独自にムーヴメントの設計・開発を行えば、見た目やスペックなどは異なってくる。これが新たな価値としてユーザーから支持を得たことで、2010年代に入ると各社が相次いで自社ムーヴメントの開発に乗り出したというわけである。
しかし、いま現在も自社製ムーヴメントと呼ばれるものに対して明確な基準があるわけではない。つまり独自の判断で“自社製ムーヴメント”とうたえるのだ。ただ一般的な認識としては、設計、開発、組み立て、調整の一連の流れを自社で行っているものが、自社製として捉えられている。
“自社製”という以上、パーツもすべて製造されていると勘違いされることもあるが、ヒゲゼンマイや人工ルビーといったパーツまでを自製するのは、コストや生産効率を考えるとさすがに無理がある。一部パーツは、外部からの供給に頼っていることがいまでも大半で、100%自製されたムーヴメントというのは基本的にない。ちなみに各社が自製率を公表しているわけではないため、あくまで推測になるが、製造コストの70%以上を賄っていれば、“自社製”をうたっているのではなかろうか。
なお、今日、自社製ムーヴメントを展開するメーカーとしてよく知られるのは、ロレックスやパテック フィリップのほか、国産ではセイコーなどもそうだ。
スイスとは地理的に離れていた日本のメーカーは、早くからムーヴメントの自社開発に乗り出していた。そのためセイコーやシチズン、オリエント(エプソン)といった大手どころは、ほぼ自社製ムーヴメントだ
また近年は“自社製”とまではいかなくとも、各ブランド“専用”として開発されたエボーシュを用いる“エクスクルーシブムーヴメント”と呼ばれるものも増えてきた。筆頭はスウォッチ グループのミドルレンジ以下のブランドで、同グループのETA社が手がけた専用機を搭載するモデルが数多く展開されている。
ティソの専用機として開発されたパワーマティック 80 シリシウム。80時間のパワーリザーブに加え、シリコン製ヒゲゼンマイを採用し耐磁性能を与えた高性能機だが、価格はかなり値ごろだ
レイモンド・ウェイルがエボーシュメーカーのセリタ社と2017年に共同開発したCal.RW 1212。セリタの汎用機をベースに、スケルトンモデル用にカスタマイズされた専用機となっている
文◎堀内大輔(編集部)