暗所での視認性を高める夜光塗料は、軍事需要が強かった腕時計にとって必要不可欠であり、比較的早くから導入されていた。20世紀前半の腕時計に使われていた夜光塗料は、キュリー夫人が発見したことで有名なラジウムである。ラジウムが発する放射線は、蛍光物質に反応して自発光する性質があるため、インデックスや針に塗布すれば暗所でも時刻の読み取りが可能になる。ただし一定量を超えた放射線を浴び続けると、細胞が破壊されていき深刻な健康被害をもたらすことが後にわかり、1960年代に入ると使用制限されるようになった。その代替として使用されるようになったのが放射線量が低いトリチウム夜光である。
1990年代以前まで、夜光塗料は自発光するラジウム(1960年代まで)、そして続いて登場したトリチウムが主流であった。しかし、これらは放射性物質であったことから、健康被害(特に前者)が懸念され、次第に使用されなくなった。その後トリチウムに代わって、主流となったのが無害な蓄光塗料だ
線量が低いとは言え放射線を放出するトリチウムは、それでも90年代までは広く使われていた。これに置き換わったのは、日本の根本特殊科学が開発した高輝度蓄光顔料のN夜光だ。ルミノーバ、スーパールミノバなどの商標で知られるこの塗料は、太陽光や照明の光をエネルギーとして蓄え、暗所でも徐々に光を放つ残光性という特徴をもつ。もちろん非放射線物質で健康被害の心配もない。21世紀に入ったころからスイスの時計産業において急速に普及し、いまでは夜光塗料の代表的存在となっている。一方、なかにはロレックスのように独自の蓄光塗料(クロマライト)を開発するメーカーもあるし、揮発化したトリチウムをガスチューブに納めて安全性を高めたガスライトなどが用いられることもある。
スーパールミノバが暗所において緑色に発光するため、以前は夜光=緑色というのが一般的であったが、近年は技術の進化によってカラーバリエーションも増えており、オレンジやイエローなどの色味も使えるようになっている。そのため夜光塗料による時計の新たなデザイン表現も生まれてきている。
スーパールミノバ
現在、夜光の主流となっているのが日本のメーカーが開発した蓄光塗料の“ルミノーバ”と“スーパールミノバ”である。現在、ほぼすべての腕時計はこれを採用している
クロマライト
ロレックスが2007年頃から使用する蓄光塗料が“クロマライト”だ。青色で、長時間発光が特徴となっている
ガスライト(トリチウム)
自発光するトリチウムガスをチューブに封入して使用する夜光システム。チューブは完全に密閉されているため安全性は高く、ボール ウォッチやルミノックスなどが採用する
構成◎堀内大輔(編集部)