ビート きよし-男の肖像時計の選択(パワーウオッチ No.119)

愛用のシチズン プロマスター エコドライブ。時刻合わせなどの煩わしさがないので気に入っている

  きよし師匠が最近愛用している時計は、シチズンのエコドライブだ。

 「電池交換も時刻合わせも必要ないし楽でいいよ。高い時計じゃないから、なくしたって気にならないしね。オレとしてはできるだけ日本の製品を使いたいと思ってるんだ。だって日本の時計って、海外に行くとみんな褒めてくれるんだよ。『戦場のメリークリスマス』の撮影で日本の時計していったら、あっちのスタッフがみんな“いい時計だ”って言うんだもん。あのころから日本の時計って素晴らしいんだって思うようになった」

 ブランドものにあまり興味がないが、時計はブライトリングがなんとなく気になるという。

「景気の良かった時代は高い時計をくれる人もいたよ。ロレックスのヨットマスターをもらったこともある。ある日“師匠、これあげるよ”』ってポンとくれたけど、いまじゃ考えられないよな。でも、そういう人たちは毎日のように銀座で豪快に飲みまくってたから、みんな肝臓壊しちゃったね(笑)」

 売れに売れまくったツービートの漫才は、日本人の会話のスピードをアップさせたといわれるくらい影響力があった。しかし、独自のスタイルを生み出すまでには試行錯誤もあったようだ。

「相方はあのスピードで喋りまくるからさ。当時はあんな漫才なんていなかったし、最初のころはお客さんもついてこれなくて、“何言っているのかわからない”って言われてあまり受けなかった。徐々に間の重要さに気付いて、うまく漫才に間を作るようになったらテンポが良くなって、舞台でも受けるようになったんだよ。売れないころは大変だったよ。相方は気が乗らない仕事だと平気で休んじゃうし、来てもベロベロに酔っ払って客と喧嘩したりさ。そんなときはオレがひとりで舞台に上がって、マジックやったりなんとか間をもたせてたよ。そんな相方をなだめながら続けたのは、やっぱり舞台に立つと抜群に面白かったからだよね。こいつと一緒なら絶対に売れるって確信があった。オレの見立ては間違ってなかったわけだよ」

 ブレイクする前はいろんなところに営業に行き、苦労も多かった。

「地方のキャバレーや温泉ホテル、刑務所の慰問にも行ったよ。刑務所はみんな娯楽に飢えてるからよく受けるけど、ギャラは安いんだよね。オレたちなんか1500円と受刑者が食べる食堂のカレーライスで終わりだよ。あと感謝状をくれた。その感謝状を持ってると交通違反を見逃してくれるって噂があって、箱根でスピードオーバーで捕まったときに、白バイのお巡りさんに“感謝状持ってるんですけど”って見せたことがある。“いえ、それはそれですから”ってキップ切られて、なんともならなかったけどね(笑)」

 

ビート きよし(芸人
KIYOSHI BEAT 1949年12月31日、山形県生まれ。浅草の劇場でコント芸人として活動している時期にビートたけしと出会い、1972年にツービート結成。たけしの毒舌に絶妙なツッコミを入れる漫才が演芸場で話題となり、80年代のMANZAIブーム以降、『笑ってる場合ですよ!』『オレたちひょうきん族』など多くのテレビ番組に出演して爆発的な人気を得る。近年もたまにたけしと舞台に立って漫才を披露するほか、バラエティー番組やドラマなどへの出演で活躍している。

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