スペシャル @kikuchiのいまどきの時計考

角形タイプの腕時計には、なぜ黒文字盤が少ないのか?

 何度か記事に書かせていただいているが、とある時計の輸入商社で1980年代に日本で販売したスイス製手巻き角形時計のデッドストックが見つかり、この度、私のほうでそれのデザインをすべてやり直して製品化したのだが、今回、そのデザインを考えるにあたり、レクタンギュラー(長方形)タイプのモデルを現行やアンティークを含めていろいろと調べてみたところ、特に現行品については角形時計自体がとても減っていることに、いまさらながら驚かされたのである。

 ジャガー・ルクルトのレベルソシリーズやカルティエのタンクシリーズなどのブランドのアイコン的なコレクションは別としても、定番としてラインナップしているブランドとなるといまでは極めて少ない。加えて、黒文字盤が採用されたモデルとなるとさらにグッと少なくなってしまうのだ。

 かつてはレベルソにもあったが、現在ではネイビーブルーこそあるものの、黒となると文字盤がケースの表裏に二つ備えるデュエットの片側に採用されているものだけとなっているようなのだ。ちなみに、2020年新作としてジラール・ペルゴから黒文字盤のヴィンテージ1945が発表されたが、これも限定モデルだった。

モリッツ・グロスマンのコーナーストーン。黒文字盤のホワイトゴールドと白文字盤のピンクゴールドがある

 角形が少ない理由は単純に丸形に比べて需要が圧倒的に低いことと、専用ムーヴメントの開発の問題もあるのだろうということは大方察しはつくのだが、なぜ黒文字盤が少ないのかについては、いまいち釈然としなったのである。そこで、2019年に角形タイプの“コーナーストーン”を新たに開発し、黒文字盤もラインナップに加えたドイツの高級時計メーカー、モリッツ・グロスマン。そのコーナーストーンの仕掛け人でもある同社の日本法人代表、工藤光一氏に話を聞いてみた。

「黒文字盤が少ないのは単純に視認性が悪いためだと思います。ただでさえ丸形に比較すると長角(長方形)タイプの視認性は落ちますが、さらに黒文字盤になると一層見えにくいのは否定できません。メーカーとしては避けたい選択なのだと思います」

 にもかかわらず、自身が企画したコーナーストーンのラインナップにあえて黒文字盤を加えた理由はどこにあるのか。

「見えにくいのを超越した独特のスタイリッシュさがあるからです。個人的には長角の黒文字盤はエキゾチックかつシャープなので大好きです。かつて私はA.ランゲ&ゾーネのマーケティングスタッフでしたが、ランゲのカバレットも発表時に、一番の打ち出し商品は1920年代ベルリンのキャバレーに着けていくことを想定して作られたピンクゴールドの黒文字盤タイプでした。しかもベルトにはオレンジのステッチまで入っていたのです。97年発表のこのカバレットはランゲらしからぬ色気を求めたモデルだったのです。その意味では、モリッツ・グロスマンのコーナーストーンは、ホワイトゴールド×黒文字盤ですが、ローズゴールド×黒文字盤も将来的には欲しいと思っています。普通角形モデルというとドレスウォッチ=スーツとなりがちですが、いまなら夏にTシャツやオープンカラーの半袖シャツ、短パンとかに合わせるのも粋だと思います」

筆者がデザインをすべてやり直して再生させた1980年代デッドストックのスイス製手巻き時計、アウトライン・レクタンギュラー138BL。現在、クラウドファンディングサイト「ウオッチメーカーズ」で先行予約受付中!

 冒頭にも触れたが、筆者が今回80年代の角形時計を再生するにあたりデザイン的に黒文字盤を採用した。理由は角形時計が各メーカーから数多く出ていた1960年代以前のアンティークウオッチの世界では角形であっても黒文字盤の人気が高いからなのである。

 そして今回、実際に黒を使うことによって全体が引き締まった印象になると同時に男っぽく存在感も出てくるため、カッチリしたスタイルでなくても意外に合わせやすくなるとあらためて感じた。既成概念に縛られずに角形時計にも黒文字盤をもっと増やし訴求すれば、ユーザーの意識も変わってくるのではないかと勝手に思った次第である。

 さて、そんな黒文字盤を採用した角形モデルとして、モリッツ・グロスマンのコーナーストーンともうひとつ同じドイツの時計メーカー、ラング&ハイネのゲオルクを紹介したいと思う。だいぶ高額なモデルだが、ムーヴメントは丸ではなく専用の角形ムーヴメントが搭載された逸品だ。

モリッツ・グロスマン “コーナーストーン”

コーナーストーン。K18WG(46.6×29.5mmサイズ)。日常生活防水。手巻き(Cal.102.3)。385万円

 2019年に発表した同社初のレクタンギュラーモデル。実は、日本市場からの提案によって実現したものだという。 開発がスタートしたのは2016年後半というから実に2年以上の開発期間を経て完成させた。搭載する手巻きムーヴメント、Cal.102.3は、もちろんコーナーストーン専用に新設計されたものだ。

 最大の特徴はこのムーヴメントの半分弱を占める大きな香箱。これによって60時間ものパワーリザーブを実現し、しっかりとユーザビリティーが高められた。また、時分針をセンターに置くため、4番車を中心よりも外側に配置したぶん秒カナを介したインダイレクト方式によって、スモセコを6時の正位置に軌道修正した。それによって実現したこの均整のとれた美しい文字盤レイアウトも大きな魅力と言えるだろう。

モリッツ・グロスマン ブティック TEL.03-5615-8185

ラング&ハイネ “ゲオルク”

ゲオルク。ケースサイズ40×32mm、ケース厚9.4mm。3気圧防水。手巻き(キャリバーⅧ)。(左)K18RG 、547万8000円 (右)プラチナ、737万円

 こちらも2019年に新しく角形タイプのコレクション“ゲオルク”に加わった黒文字盤タイプである。文字盤に採用されたのはガルバニック(無電解メッキ)処理によって表現されたツヤを抑えた重厚なブラック。そのため全体の表情を引き締め、洗練された雰囲気を醸し出す。

 18金ローズゴールドとプラチナの2種類がラインアップされ、レイルウエイトラックの3、6、9、12時位置に18金ローズゴールドはレッド、プラチナ960はブルーと、それぞれに菱形をしたアクセントカラーがさりげなく添えられており、このちょっとした遊び心が、どこか大人の色気さえも感じさせる。搭載されているムーヴメントは専用開発された手巻き角形ムーヴメンント、キャリバーⅧ。

ノーブルスタイリング TEL.03-6277-1600

菊地 吉正 - KIKUCHI Yoshimasa

時計専門誌「パワーウオッチ」を筆頭に「ロービート」、「タイムギア」などの時計雑誌を次々に生み出す。現在、発行人兼総編集長として刊行数は年間20冊以上にのぼる。また、近年では、業界初の時計専門のクラウドファンディングサイト「WATCH Makers」を開設。さらには、アンティークウオッチのテイストを再現した自身の時計ブランド「OUTLINE(アウトライン)」のクリエイティブディレクターとしてオリジナル時計の企画・監修も手がける。

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