ストップウオッチの機能を備える、いわゆるクロノグラフウオッチは、スポーツモデルのなかでもダイバーズウオッチに並ぶ人気をもつ。その歴史は実はダイバーズウオッチよりもはるかに古く、フランスのルイ・モネが1816年に製作したものがその原型とされている。
そして、腕時計タイプが出たのはそれから約100年後だ。おそらくは腕時計用クロノグラフムーヴメント、Cal.13.33Zを開発したロンジンだろうと言われている。そんな腕時計型クロノグラフウオッチだが、技術的にも生産的にも最も躍進したのが、第2次世界大戦だ。いまのようにコンピュータなどない時代に、様々な計測に使われたというわけである。
ちなみにクロノグラフウオッチの歴史については、筆者が刊行するアンティークウオッチの専門誌「Low BEAT(ロービート)」の第5号で36ページにわたって特集を組んでいる。紙版はすでに完売し絶版だが興味のある人は電子版でぜひ読んでもらえたらと思う。
クロノグラフウオッチの計測スケールはデザイン的にも魅力的で、これによって様々な表情が生まれる。写真はロンジンのクロノグラフ。タキメーターとテレメーターを備える。
さて、その特集のなかでも取り上げているのだが、今回ここではクロノグラフの計測スケールについてその記事の一部を引用して書きたいと思う。クロノグラフウオッチには経過時間を計測するストップウオッチの機能に加えて、それを利用した様々な計測用のスケールが文字盤やベゼル上に設けられている。よく知られているのがタキメータースケールだ。
このタキメータースケールは、現在販売されているクロノグラフウオッチの大半についている。しかし、いまとなってはデザイン的な意味合いが強く、それを活用する人はほとんどいないと言っていいだろう。そのため使い方を知らない人も多いのではないだろうか。
クロノグラフウオッチが盛んに作られた1950年代の時計を見ると、タキメーター以外にも様々なスケールがあることがわかる。そこで、当時採用されていた代表的なものを次に五つ挙げてみた。同じスケールでも表現次第では時計自体の表情もかなり変わる。クロノグラフウオッチを探す際には、大切なデザイン要素としてこの点にも注目してみてはいかがだろう。
<タキメーター>
ベゼル上にあるのがタキメーターである。これは1km移動するのに要した時間を計測することで、その区間の平均時速を割り出せる。つまり、クロノグラフを作動させ、1kmの地点でストップさせる。そのときにクロノグラフ秒針が指し示すタキメーター上の数字が時速ということになる。飛行機の普及以前、タキメーターは最大でも100km程度の刻みしかなかったが、以降、刻みは年々細かくなっていった。ラインハルト・メイス氏によると、1940年頃までは500km、50年代以降は750kmから800km、50年代半ばからは1000kmが最大表示とのこと。この時計はユニバーサルが1970年代に製造したトリコンパックス。
<スネイルタキメーター>
文字盤中央にある渦巻き状のものがスネイルタキメーター。見た目が巻貝のようなことからこう呼ばれるようになった。エスカルゴラインとも呼ばれる。現在もごくわずかだがデザイン的に古典的な雰囲気を強調したい場合に採用されたりする。これは先に紹介した一般的なタキメーターでは、60km以下の速度をカウントできない。そこで登場したのが、より多くの表示要素をもつスネイルタキメーターなのである。これで初めて特許を得たのは1907年のF.アメ=ドロー(スイス特許39276)だが、少なくとも1890年代には、スネイルタキメーターの原型があったことは確認されている。時計はエスカのクロノグラフで1940年代製。
<テレメーター>
赤いスケールがテレメーターである。このテレメーターはタキメーター以上によく使われていたもので、音と光の時間差から距離を割り出すためのものだ。光ったタイミングでクロノグラフを作動させ、音が鳴った時間で停止すると、どの程度距離が離れているのかを測れる。そのため、かつては砲撃の際に相手陣地との距離を測るために使われた表示である。なお、写真のようにタキメーターとテレメーターの両方を採用したタイプも多い。写真の時計は、1940年代に製造されたレマニアのクロノグラフ。
<パルスメーター>
パルスメーターとは脈拍を測るための計測スケールである。タキメーターのように文字盤外周部分に設けられているもので、タキメーターやテレメーターと並んで古い歴史をもつといわれる表示だ。もっとも医師や看護士しか使わない機能のため、搭載するモデルは限られていたと思われる。なお写真のモデルには30の脈拍を数えるのに何秒かかったかを示す表示が付いている。ポピュラーなのは15秒、ないしは20秒である。時計は1940年代製のティファニー。
<デシマルカウンター>
10進法表示のデシマルカウンターもクロノグラフの計測スケールの要素としてしばしば採用されたものだ。あまりなじみがないため用途がないように思えるが、生産管理や航海ではよく使われている表示だ。0〜100までの目盛りで表示され、1分間あるいは60分間を100に分割して、時間単位あたりの製造数を把握する場合などに使われる。写真のモデルは、おそらく航海用のクロノグラフ。ケースも防水仕様となっている。なおひと昔前までのスピードマスターは、デシマルカウンターを選ぶことが可能であった。時計は1950年代製のミネルバ。
菊地 吉正 - KIKUCHI Yoshimasa