セイコーのクオーツ式ドレスウォッチ。おそらく1970年代後半のものと思われる
日舞の師範というバックグラウンドを生かして、硬軟さまざまな役柄を演じ分ける名優、篠井英介さん。もともと歌舞伎役者を目指していただけに、その繊細な所作は歌舞伎の女形を現代劇に反映したものとして評価が高い。舞台から映画、テレビドラマ、バラエティと幅広いフィールドで活躍できるのは、演じることに対してのしっかりとした素地があることの裏付けでもある。
そんな篠井さんは、時計に限らず洋服や物に対する執着は非常に薄いのだという。
「子供のころから物への執着はあまりありませんでした。それでも若いころには人並みに、いろいろ流行りの洋服を追い求めたりしたこともあります。僕が東京に出てきたころは、ちょうど丸井の赤いカードが若い人にも浸透し始めた時期で、あまりお金がない若者でもそこそこのブランドものが買えるようになった時代でもあるんです。だから僕もそのころはお金がないなりに、当時のJUNなどのブランドを着ていた覚えがありますね。そういった物欲も最近はほとんどなくなってしまって、洋服を買うこともぐっと少なくなってしまいました。ある日突然、物に囲まれている生活が息苦しくなって、身軽でいたいという気分が高まってきたんですね。タンスにしまってあった服も、後輩の劇団などの衣装用にあげてしまって、家の中は本当にすっきりしました」
ある日突然、物に囲まれている生活が息苦しくなって、
身軽でいたいという気分が高まってきたんですね---
腕時計もふだんはほとんどしないで、携帯電話で間に合わせているという。そんな篠井さんが持ってきてくれたのは、古いセイコー製のクオーツ時計だった。
「祖父が晩年使っていたもので、特に高価なものではないと思うのですが、自分にとっては大事なものです。祖父は昔の人間だけに時計が大好きで、入院している病院でもこの時計をしていました。家にはこの時計を含めて使わなくなったり壊れた時計が、十本以上は転がっているんです。直して使おうとも思いませんが、やはり時計というものはなかなか捨てられないですね」
「星の王子さま」のキャラクター時計。
物欲は薄れたとはいえ、こだわりのコレクションはなかなか手放せない---
サン・テグジュペリの「星の王子さま」が好きで、そのキャラクター時計なども相当数持っているという。物欲は薄れたとはいえ、こだわりのコレクションはなかなか手放せないようだ。さらにもう1本思い出に残る時計として、スウォッチがある。
「友達がバックパッカーのようにインドへ旅したことがあったんですが、彼の安否が心配になってムンバイまで追いかけていったことがあったんです。感動した彼が記念として買ってくれたスウォッチが思い出深くて、今でも大事に持っています。価格は安いものですが、やはり時計には思いが籠もりますね」
EISUKE SASAI 958年12月15日、石川県生まれ。日大芸術学部演劇学科卒業後、加納幸和事務所に所属。歌舞伎を現代的にアレンジした「ネオかぶき」と呼ばれる演劇スタイルを開拓し、女形として活躍。退団後も舞台、ドラマ、映画と幅広い分野で活躍している。