スペシャル @kikuchiのいまどきの時計考

【第1回】いくらで買えるのか 原点はここにあり!

筆者がパワーウオッチ(POWER Watch)を並行輸入品の情報を核とした初の高級腕時計専門雑誌として創刊したのが2001年11月28日のこと。それから早18年になるが、その間に日本における高級腕時計市場はかなり変わった。そこで、2020年を迎えるにあたり、この間に時計市場がどのように変わっていったのかを12月31日まで連続5回にわたってお届けする。

 なお、この記事はパワーウオッチの記念すべき100号目となった2018年5月30日刊行の本誌に筆者が書いた『本誌100号を辿りつつ高級腕時計市場を振り返る』をもとに加筆修正したものである。

“時計専門誌「パワーウオッチ」”の発想の原点は外車専門誌にあった

 写真は、2001年11月28日に刊行した記念すべき第1号である。表紙のデザインからもその年月の長さをしみじみと感じる。

 さて、このパワーウオッチ。そもそもどのような背景から誕生したのか。まずはこの点について述べたい。

 僕はもともとクルマがとても好きだ。そのため若いときから欲しいクルマを買うために働いているようなものだと言っても過言でない。しかも日本車ではなく生意気にも外車。加えてスーパーカー世代のため、10代のときからいわゆるスポーツカーに憧れていた。幸いにしてそれが憧れから現実になるのにそれほど時間はかからなかった。バブルという素晴らしい時代を経験したおかげである。

 僕の場合、欲しいクルマの銘柄は常に決まっていた。当然、それについての情報をひととおりインプットするために、クルマ専門誌を読み漁る。そして、さて買おうという段になって必死になるのが「いくらで買えるのか」ということである。

 ご存じのとおり外車の場合、正規輸入車(いわゆるディーラー車)、並行輸入車、そして中古車と選択肢が三つある。たとえ同じクルマであってもそれぞれに売価が違うのだ。特に並行輸入車と中古車はさらにショップごとにも売値が違ってくる。限られた予算。購入ユーザーにとって、これを比較検証することはとても大切な儀式なのだ。そのため僕はいつも複数の雑誌に載っているクルマの物件情報を、付箋をフル活用しながら整理していく。ある意味これも至福の時間だったわけである。

 そして、とある雑誌でロレックスを取り上げたときに、海外の高級時計にもこの外車市場と同じく、正規、並行、中古と三つの市場が存在することに気が付いたのである。そこで考えたのが海外の高級時計を買うときも、クルマの場合と同じように「いくらで買えるのか」という情報は、やっぱり気になるところであり、しかもそれが一気に見ることができたらどんなにラクで楽しいだろうと。つまり“パワーウオッチ”は、これを具現化するため商品情報を一覧で見られる入荷情報(下の写真)を設けた初のバイヤーズガイドとして誕生したのだった。

かつての並行輸入の外車情報誌によく見られたクルマの物件情報ページをヒントに、それを時計に置き換えて構成した、ショップごとの入荷情報ページ

 創刊当時、時計専門誌はすでに6誌(7誌だったかも)あったと思う。覚えているものを挙げると、世界の腕時計(ワールドフォトプレス)、時計ビギン(世界文化社)、ウオッチナビ(学研プラス)、そして現在休刊している腕時計王(KKベストセラーズ)、ウォッチアゴーゴー(ワールドフォトプレス)とIWW(二玄社)である。

 そんななかで、並行輸入品に的を絞り、しかも、ショップごとに時計を羅列した入荷情報ページを設けた雑誌はウチだけ。そのため存在自体がある意味異端だったに違いない。ただ、それが逆に功を奏したのだろう。新刊雑誌の場合は3号刊行して実績をみたうえで継続を決めるというのが出版社の通例なのだが、パワーウオッチの場合、時計誌としてはだいぶ後発だったにもかかわらず1号目で早くもレギュラー化が決定したのだった。

 さて、ちょっとここで創刊時のエピソードをひとつ。それは広告営業に同行し、某有名並行輸入店に営業に行ったときのことだった。当然、最初に広告の説明をして協力を仰ぐわけだが、その際にお店の担当者から意外な言葉が返ってきたのだ。「本当に販売価格を載せてもいいんですか」だ。そして、その理由を聞いて驚いた。実はそのとき僕も知らなかったのだが、ほかの時計雑誌の場合は、広告に時計の写真を載せてもメーカーによっては、そこに販売価格が記載できないというのだ。

 実は、いまでこそ並行輸入品の情報に対して正規に流通させている時計メーカーからの風当たりは厳しく、現在パワーウオッチ以外の時計専門誌には並行輸入品の情報は一切入っていないが、当時はそのあたりも比較的にゆるく、小誌だけでなく、一般流通している他の時計専門誌にも、並行輸入店の広告が普通に入っていたのである。

 ただし、そうは言っても並行輸入店の売価は国内定価よりは明らかに安い。そのため時計メーカー側に対する配慮として、並行輸入店の広告には売価が載せられないということになっていたようだ。「本当に」と念を押されたのには、まさにこのような理由があったのである。

 そして、このことも創刊時のパワーウオッチには追い風となったのだった。とかく雑誌(MOOK)の1号目とは、どんな内容になるのか、またちゃんと長く刊行されるのかなど、わからないという理由から、広告主は出稿を控えることが多く、広告面で苦戦する場合も少なくない。しかし、01年当時はまだインターネットでの販売がいまほど普及していない時代。並行輸入店にとって時計メーカーを気にせず販売価格を表示できるパワーウオッチはまさしく好都合だったのだろう、広告面でも多くの並行輸入店から協賛を得ることができたのである。

第2回の明日は『世界的な時計ブームで右肩上がりに急成長』をお届けします(12月28日11時50分を予定)。

菊地 吉正 - KIKUCHI Yoshimasa

時計専門誌「パワーウオッチ」を筆頭に「ロービート」、「タイムギア」などの時計雑誌を次々に生み出す。現在、発行人兼総編集長として刊行数は年間20冊以上にのぼる。また、近年では、業界初の時計専門のクラウドファンディングサイト「WATCH Makers」を開設。さらには、アンティークウオッチのテイストを再現した自身の時計ブランド「OUTLINE(アウトライン)」のクリエイティブディレクターとしてオリジナル時計の企画・監修も手がける。

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