アンティーク時計

いま旬のブランド、チューダーはアンティークも面白い。

2018年10月に数十年ぶりに日本での正規取り扱いが再開されたチュードル改め、チューダー。いま旬のこのブランドにスポットを当て、アンティークウオッチ専門誌『LowBEAT』のバックナンバーに掲載されたアンティークチュードル特集を今回から連載で紹介しよう。なお、記事内では当時の呼び名に合わせて“チュードル”のまま表記している。

アンティーク解体新書
「チュードル サブマリーナ」①


 

本家にも劣らぬ魅力を備えたアンティークダイバーズ

チュードルサブ

ディフュージョンブランド、チュードルを生んだ時代背景

そもそもチュードルは、ロレックスのディフュージョンブランドとして誕生したブランドである。ディフュージョンブランドとは、本家ブランドの魅力や特徴は生かしつつ、コストダウンを図って販売価格を抑え、販路の拡大と知名度の向上を目的としたブランドのことを言う。つまりは普及版だ。現在ではファッション業界を中心に、ディフュージョンブランドを持つマーケティング戦略は当たり前となっているが、チュードルの名が登場した1920年代にはディフュージョンブランドの存在は珍しいものだった。
ちなみに1930~60年代にかけては、スイスのほかのウオッチメーカーが販売先(各国の市場)や想定する購入層ごとに複数のブランドを持つことは少なくなかった。アメリカ市場向けのブランドが良く知られているが、例えば、ロンジンはウィットナー、ブライトリングはワックマン、ジャガー・ルクルトはルクルトというブランドを持って、アメリカ市場での販路を拡大した。なぜ当時、特にアメリカ向けにこうしたディフュージョンブランドが設立されたのか。これは当時の世界情勢が大きく関係している。

第1次世界大戦までの世界経済の中心はイギリスであった。しかし、第1次世界大戦後のヨーロッパ諸国は大小はあれど、イギリスなどの戦勝国も例外ではなく、政情不安と経済混乱を抱えることになり、ヨーロッパ諸国は自国の産業を保護しようと保護関税主義を強めていった。一方、大戦中の貿易で莫大な利益を上げ、戦争の被害も少なかったアメリカは、大戦後“黄金の20年代”と呼ばれる空前の経済繁栄を迎えた。世界の工業生産の4割を占め、世界の金の4割を保有。さらに大戦中からのイギリスやフランスなどへの融資によって、アメリカは世界最大の債権国となり、戦後はアメリカがイギリスに取って代わり、世界経済の中心として繁栄した。この経済的な繁栄はアメリカ国民の生活水準を引き上げ、自動車や時計といった贅沢品が大衆にも普及。アメリカはスイスのウオッチメーカーにとって最も重要なマーケットとなった。
こうした空前の経済繁栄による豊かな生活を求め、第1次世界大戦後に、アメリカでは移民が増加したほか、各国からの輸出も拡大した。例えば、大阪大学大学院経済学研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、ピエール=イブ・ドンゼ氏の論文によると、アメリカへの当時のムーヴメント輸出量は「1900年に20万3000個であったものが、1910年には25万4000個,1920年には230万個となり、1930年には大恐慌の影響で120万個に下落した。(論文:スイス時計産業の展開 1920—1970年。経営史学第44巻第4号、12ページ/2010年3月)」とある。比較的自由主義的であったスイスとアメリカの貿易関係だったが、時計に限らず、こうした各国からの輸出拡大などを背景として、自国の産業保護が叫ばれるようになり、アメリカは保護貿易政策を採ることになった。1929年にはニューヨークのウォール街で起きた株式の大暴落に端を発する大恐慌が起こり、アメリカはさらに国内産業の保護を優先する姿勢を強めた。その極め付けが1930年5月17日に成立した関税に関する法律“ホーリー・スムート法”である。この法律は、2万品目以上の輸入品に関するアメリカの関税を大幅に引き上げるというもので、各国のアメリカへの輸出はさらに伸び悩み、世界恐慌をより深刻化させたと言われている。

アメリカにおける関税の仕組みは複雑であり、時計などの高級品への関税は非常に高率。特に完成品としての時計には、高額な関税が課せられたとされている。そこで、スイスのウオッチメーカーは、ムーヴメントを未調整の時計部品として輸出。現地の販売代理店と共同で工場を設立し、輸出したムーヴメントをアメリカ国内でケーシングして販売するという方法により、完成品よりも安い関税で時計を販売した。また、金などの貴金属への税金も高額であり、ケースも18金ではなく14金や9金、あるいは金張りケースが使用された。アメリカに輸入された時計すべてが、このような方法で製造されたわけではないが、スイスの各ウオッチメーカーはこうしてアメリカ国内で現地生産をしたほか、数多く販売するべく普及版モデルをディフュージョンブランドとして製造した。これが当時、多くのウオッチメーカーがアメリカでの販路拡大を目指し、ディフュージョンブランドを多く設立した背景である。

ブランドアイデンティティを体現するチュードルサブ

さて、こうした時代を背景にして誕生したチュードル。従来はロレックスと同様、謎に包まれた部分が多かったチュードルだったが、近年ではロレックスはもちろん、チュードルにおいても積極的に情報が公開されるようになっており、謎めいた歴史も明らかになってきている。 チュードルの名が世に登場したのは、1926年。この年、スイス・ヌーシャテル、コロンビエールの時計職人だったフィリップ・ヒューターはロレックスの創業者、ハンス・ウィルスドルフの要請から、自身のウオッチメーカー“ヴーヴ・デ・フィリップ・ヒューター”によりチュードルの名を登録し、独占的使用権を取得。その後、1932年には、オーストラリアの限られたジュエリーショップ向けに腕時計を製造した。どのような経緯があったかは定かではないが、ハンス・ウィルスドルフはその後、同社から引き継ぐかたちで1936年10月15日にチュードルの名を取得したとされている。そして、その後、このヴーヴ・デ・フィリップ・ヒューターは、エグラー社と同様に、ロレックスのサプライヤーとなったようだ(その後、同社は1940年代後半〜50年代初期に組織再編され、製造拠点をスイス・ビールにほど近いゾロトゥルンに移し、Hüther S.A.と名前を変更。同社は1970〜80年代にかけての時計業界の淘汰を生き延びたようで、この当時、ゾロトゥルンのウオッチメーカーとして登録されていたようである)。

そして、ウオッチメーカーとしてのチュードルが誕生したのが1946年だ。ハンス・ウィルスドルフは、チュードルをブランドとして独立させるべく、同年3月6日に“MONTRES TUDOR S.A.”を設立した。ロレックスはチュードルのディストリビューションを行い、アフターサービスも担った。ロレックス同様、チュードルも、そのブランドアイデンティティとブランディングは非常に明確であった。オイスターケースによる防水性の高さ、そして自動巻きムーヴメントによる実用性の高さである。1949年には、チュードルブランド初の腕時計としてオイスターをリリースするが、モデル名にもある通り、そのケースにはロレックスが誇るオイスターケースが採用された。さらに1952年になると、オイスター プリンス(Ref.7909)が登場した。このモデルは、オイスターケースに自動巻きムーヴメントを納めたモデルだ。ロレックスでいうオイスター パーペチュアルであり、オイスター パーペチュアルよりも廉価ながら、1952年にはロイヤルネイビー(イギリス海軍)により組織されたグリーンランド化学探検隊に同行するなど、高い性能を発揮したと言われる。

そして1954年。ロレックス、さらにはチュードルのブランドアイデンティティを体現するモデルとして誕生したのが、チュードル版サブマリーナである。本家ロレックスと同じサブマリーナの名を冠しているだけに、当初はロレックスのサブマリーナと同様、短期間のうちにモデルチェンジを重ね、その性能を磨き上げていった。繰り返されるモデルチェンジのなか、ロレックスのサブマリーナでは、通常よりも大きなリューズを備えた“ジェームズ・ボンドモデル”、さらには角張った形状からスクエアリューズガードや先端が尖ったポインテッドリューズガードといったディテールの違いを生み出したが、こうしたディテールの違いはそのまま、チュードルのサブマリーナにも存在している。バックケース裏に“MONTRES TUDOR S.A”の名が刻印されるといった違いこそあったが、ロレックス、チュードル、どちらのサブマリーナも外装部品にはロレックス製のものが使用された。前述のディテールの違いは製造時期が生んだ違いであり、当然ながら、製造時期が同じモデルでは同じ外装部品が使われていたため、どちらも同様のディテールを備えることになったというわけだ。

搭載ムーヴメントこそ違ったが、当初はほぼ同じ特徴を示した二つのサブマリーナ。だが、1968年からは着実に異なる展開を見せ始めた。68年といえば、ロレックスでは飽和潜水に対応する特殊モデルのシードゥエラーが登場した年である。一方のチュドールも、この年以降に製造されたサブマリーナでは、日本のファンから“イカサブ”の名で親しまれるスノーフレークダイアル、そしてフランス海軍に納入されたミリタリーモデルなど、独自の個性的なデザインや特徴を持つモデルも登場した。ロレックスと出自を同じくしながら、時代とともに独自の路線を歩んでいったチュードル サブマリーナ。こうしたロレックス以上に豊富なバリエーションの存在が、チュードル サブマリーナをより魅力的なものとしている。

チェック必至のマストポイント

チュードルサブポイント

チュードルスペックリスト

チュードル サブマリーナ 型番別 スペックリスト

企画制作にあたって、とあるコレクターからロレックスおよびチュードルのパーツに関する情報が網羅された貴重な公式カタログを得る機会を得た。まだまだ詳細情報が公開されなかったブランドの当時を知る非常に重要な資料。今回はこの資料と編集部の独自取材をもとにしたチュードル サブマリーナの貴重なスペックリストを大公開しよう


スペック一覧

次回は、レファレンスごとにチュードル サブマリーナの魅力を解説していきたい。

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